過大評価されている「ロシアの体験」集

モスクワでの2018 FIFAワールドカップのファンたち。

モスクワでの2018 FIFAワールドカップのファンたち。

アレクサンドル・シェルバク撮影/TASS
 新しい国へ行く時はいつも、「あれをしなければならない、これを見なければならない」という最小限のやることリストを誰かに叩きこまれて行くことになる。はやる心を抑えよう。ステレオタイプ化されているが実際にはさほど魅力のない「ロシアの体験」を紹介しよう。

 1. ウォッカを飲む

モスクワでの2018 FIFAワールドカップのファンたち。

  多くの人が、ロシア人は毎日のように飲んだくれていると考えているようだ。そういう人もいるかもしれないが、概してロシア人はそもそもさほどウォッカに夢中でもない。

 多くの人がウォッカをやめてビールやワイン、スムージーを飲むようになって久しい。 ウォッカが出てくると、予期せぬことが起こる。もちろん初めは連帯感を確認し、健康、両親、ペットに捧げる乾杯の音頭を取るところから始まる。

 だが間もなく状況はおかしな方向へと向かう。あなたは赤裸々な秘密をすべて打ち明け、翌日のワッツアップのグループトークでその秘密を拡散される。ご丁寧に、パーティーに居合わせた少なくとも3人に愛を告白(うち何人かに対しては直前に告白した人の目の前で)した後にバケツに戻している姿を捉えた写真まで添えられる。

 ウォッカはロシア版のアヤワスカのようなものだ。あなたの内に秘めたあらゆるものが、精神世界から外界へと溢れ出る。あなたは果たして口論したいと思うだろうか。パーティーはパーティーらしくあるべきだ。心理療法士の診察の場ではない。

 ロシア人について言えば、今でもウォッカを好んでいる人はよく食べる傾向がある。親友とウォッカ・パーティーをすれば、翌日は必ず胸やけになる。ブロッコリーやキヌアを食べるわけではあるまいし。

2. バーニャに行く

 あなたは真のロシアの蛮人だろうか?ならばバーニャはあなたにぴったりだ。蛮人集団……失礼、仲良し集団は、自分たちの妻から離れて集まる機会が待ちきれない。そこは彼らが喜んで互いに裸体を晒し、100度の蒸気の中で悪霊を払う場所だ。覚えておいてほしいのは、これが生ぬるいフィンランドのサウナではないということだ。しかも、ウォッカとビールがある。高温で心臓を吹き飛ばしながら飲むにはあまりヘルシーではない。

 中にはスキンケアの一種などと言って自分の身体に蜂蜜を塗るのが好きな人もいる(こんなことをするとますます変人に見える)。ロシアの男性はあまりにタフで、理論的には30年間仲良し10人組で過ごしているのに、イワンが長年蜂蜜を塗っている理由がニコライの気を引くためだということに誰も気付かないということもあり得る。「そこの岩に水をかけてくれ」と彼らは言う。いや、結構だ。

 そして苦しみの儀式が始まる。箒(たいてい白樺製)で叩かれる。ここが、あなたが生まれ変わるところだ。痛みは誰にも容赦しない。言っておくが、これはすべて100度の熱の中で行われるのだ。

 その後はもちろん葉っぱを洗い流すのだが、1メートルの雪の中より相応しい場所があるだろうか。インターコンチネンタル・ホテルに泊まった時のプールの記憶は捨てよう。これが……ロシア……なのだ! 銃口を突き付けられたような圧力を受け、裸で頭から雪に飛び込むことを強いられる。あなたの生殖器が鋼でできているとでも思っているのだろうか。いずれにせよ、こんなことをしてもあれは鋼にはならない。

 だがもしこの試練を耐え抜けば、さらにビールと臭い魚の燻製(ヴォブラ)を出されてもあなたは死にはしない。だが、もしそんなヴォブラ好きな連中とつるんでいれば、我々はあなたの社会活動領域に疑問を持たざるを得ないだろう。なお、バーニャに行かざるを得ない場合は、茶とビールを持参して行こう。

3. ロシアの象徴、ダーチャへ行く

 モスクワから郊外へと抜け出そうとする車の長い列、葬列にも似た渋滞の中で金曜を一日潰すもっともな理由を見つけることは難しい。それもあなたが幸運にも車を持っていればの話だ。列車に乗らざるを得ない人もいる。だがなぜそこまでするのか。自然の一部となり、焚火で温まって背中を冷やし、携帯電話の電波を求めて野原へ駆けだすため?インスタグラムはやらない?あなたは洞窟の住人?我々に肉を食べさせないように。あなたがマリネ漬けを終える頃には、もうその馬鹿げた食品を欲しいと思わないだろう。

 ロシアの果てしない国土は過大評価されている。寝たいのにあなたを起こす腹立たしい雄鶏、夜通し飲んで歌ったことによる二日酔い、酷い屋外トイレ。そして誰が焚火用の薪を割るかを決めるじゃんけん大会。じゃんけんでインチキをする方法を身に付けておくことをお勧めする。

 蚊はどうかって?まるでチェルノブイリだ。連中は何を食べようと仔象ほどの大きさに成長する。そいつらがあなたの血を狙っている。

 そして車に乗り込んだ瞬間から、これから身体が汚れて服にも炭と食べ物の匂いが染み付くことが運命付けられている。あなたは完全に血迷っている。だめだ!さっと逃げる方法は、毒イチゴを見つけて幻覚で現実逃避することくらいだろう。ロシアの田舎へ二度と旅をしないで済むようにするには、この方法しかない。

4. 列車で旅をする

 ダーチャの話をしたが、では列車の旅に出るのはありだろうか。外国人はシベリア鉄道に対して非常に理想化されたイメージを持つ傾向がある。映画を観たことがない人のために、厳しい現実をお教えしよう。得体の知れない人と同じコンパートメントに7日間押し込められる。相手は連続殺人犯の可能性もある。信じてほしい。飛行機のほうが安全だ!

 よろしい、向かいに座った人が上等なキャンティのつまみにあなたの肝臓を貪り食うような人には見えないとしよう。しかし、普通の人とコミュニケーションをするのも難題だ。よくよく考えてほしい。動く鋼の監獄の中で見ず知らずの人と7日間過ごすのだ。ギターを持った若者かもしれない。先述のヴォブラの燻製のような臭い食べ物を持った人かもしれない。くわばらくわばら。度数を上げた質の悪いワインないしポートワインならまだましだろう(こういうものがあると、より愉快な経験ができるかもしれない。腸を吐き出さなければの話だが)。

 そこに車掌がやって来て、舌を火傷すること請け合いの熱湯茶が入ったグラスを配る。指を火傷して皮膚が剥がれ落ちるという心配はない。指が触れるのはソビエト製の「ポトスタカンニク」の金属部分だからだ。「ポトスタカンニク」は、ロシア人が熱い飲み物を出す時に使う(グラスを中に入れる)珍妙な道具だ。長年マグカップやコップが贅沢品だったため、こうしたものが生まれた。このグラス・ホルダーをロマンチックだと考える人がいるのには驚く。現代はコップというものがあるのだ。レトロなシックさなどうんざりである。

 何かをしたい時にそれができないというのは自明の理だ。睡眠であれ、読書であれ、単に車窓からロシアの自然を見つめるということであれ、必ず誰かがあなたの平穏を邪魔する。

 森やこじんまりした木造小屋、教会を見たい? 信じてほしい。シャワーのない移動式雑居房で7日過ごすよりも有意義な時の過ごし方はいくらでもある。

5. 美しい冬に浸る

  最後はロシアに有り余っているものについて。我々が未だに解せないのは、なぜ冬が有名な国が、他でもないロシアなのかということだ。1月と2月のロシアは、外国人の友人をからかうには冗談が過ぎる。比較的暖かいモスクワに誘っても、真冬にはマイナス25度に達するのだ。酒飲みだろうとなかろうと、酒があなたに注ぎ込まれ、あなたは最後の一滴まで飲み干すだろう。さもなくば肺炎で死ぬ。

 雪合戦が子供の遊びだと思っているなら、考え直したほうが良い。目の周りにあざをこさえたり、鼻を骨折したりしてロシアを去るのがオチだ。ところで先にも述べたように、痛みを忘れる特効薬は酒である。

 もし「黄金の輪」沿いの都市を満喫するのは冬が最適だと思っているなら、拷問に耐える覚悟をしよう。泊まることになるのは心地よいホテルなどではなく、夜中に周りで狼が吠えている本物の木造小屋だ(フィンランドの五つ星のサービスを期待してはならない。サービスの質は宿泊先によって異なる)。せいぜい犬橇で尻を凍らせるのが良い思い出になるくらいだろう。少なくとも身体のどこか一部はかじかんで痛くなる。

 ロシアの田舎は実質的に氷の王国になるため、あなたは子供の乗った鉄の橇の一撃を顔面に食らうことになる。ロシアは丘の国だ。丘のあるところ、「ゴールカ」(橇遊びのできる小さな丘を、ロシア人は親しみを込めてこう呼ぶ)がある。橇で滑り降りてみよう。これはロシア式の苛めの儀式だ。ここで骨を折らなかったとしても、ゴーリキー公園やソコリニキのスケートリンクで親たちがあなたを殺すために放った刺客(子供)をかわそうと奮闘するうちに、あなたはどのみち骨を折る。ご心配なく、酒という良き友人がいつでも痛みを和らげてくれる。だがもしあなたが両足で踏ん張り通すことができれば、息を呑むような冬の絶景や、ロシア人が冬に好んで企画する美しい光のショーを楽しむことができる。まさに見ものだ!

 ただし一つ注意。三枚重ね着した服の中で豚のように汗をかくことになる。とはいえ、凍えるのとどちらが良いかと言われれば、難しい選択ではない。ロシアの冬は毎日がビクトリア朝のようだ。外出するためだけに、女性は何時間もかけて服を選ぶ。

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