ロシアの女性作家による必読の10作品

Russia Beyond (Shuueisha, 1990, Shinshokan, 1990, Shinchosha, 2009
 連ドラとして成功した黙示録後の世界の物語、スターリン時代の強制収容所を生き延びた女性の自伝的小説、障害児のための「ソビエト版ホグワーツ」の物語…。ロシアの女性作家が生み出した世界は多種多様だ。

1. ナジェージダ・ドゥーロワ“小説よりも奇なる”回想録『女騎兵:ナポレオン戦争におけるロシア軍将校の手記』(1839年)

 我々のリストでは、19世紀ロシア文学唯一の著作だが、極めてユニークな作品だ。ナジェージダ・ドゥーロワは勇敢な騎兵将校であり、正規軍の軽騎兵連隊に勤務し、ナポレオン治下のフランスと戦い、男性名アレクサンドル・アレクサンドロフを名乗った(皇帝アレクサンドル1世自身も、彼女の男装を許し、この名で呼んだ)。

 ドゥーロワはその手記で、自分の生涯と、女性が置かれた「惨憺たる状況」とについて書いた。つまり、同時代の女性は、実質的に「奴隷制のもとで生きて死ぬ」べく生まれたというわけだった。また彼女は、「神に呪われた、と自分が考えていた性から何が何でも離れる」決意を語る。そして、いかなる運命のいたずらで軍に勤務するようになったか、最初の実戦はどうであったか等々を描いていく。

 手記『女騎兵』を初めて公刊したのは、詩人アレクサンドル・プーシキンだ。彼はそれにより、彼女が秘していた出自と性別を明らかにした。彼女の許可なく「カミングアウト」したことでドゥーロワは怒ったが、プーシキンは彼女にこう答えた。

 「勇気を出していただきたい。あなたを有名にしたのと同じくらいの勇敢さで、文学の『戦場』に踏み出していただきたい」

*ドゥーロワの数奇な生涯について詳しくはこちらで。 

*日本語訳:ナジェージダ・ドゥーロワ『女騎兵の手記』(田辺佐保子訳)、新書館、1990年

2. エヴゲーニヤ・ギンズブルグの自伝『明るい夜暗い昼』(原題:険しい道のり)(1967年)

 1937 年、独裁者スターリンのもとでの「大粛清」のさなか、ジャーナリストとして働いていたエヴゲーニヤ・ギンズブルグは逮捕され、10 年間強制収容所で呻吟した。彼女はその自伝の中で、ソ連の監獄での体験を迫真の筆で描き出している。この強制収容所のシステムが一般人をいかに残酷に扱ったか、容疑がいかに捏造されたか、尋問中に人々が(女性さえもが)いかに殴打され、無実の罪の「自白」を強いられたか。

 1967 年に書かれたこの本は、1988 年にようやくソ連で出版された。スターリン体制の恐怖を暴露する他の多くの著作と同様に、長年にわたって禁書だったからだ。著者は、この本は「個人崇拝の時代の記録」だと述べている。

 この本を原作とし、エミリー・ワトソンがエヴゲーニヤ・ギンズブルグ役で主演した映画が2009 年に公開された。また、1989 年から今日に至るまで、モスクワのソヴレメンニク劇場で演劇『険しい道のり』が上演されている。

*日本語訳:

『明るい夜暗い昼―女性たちのソ連強制収容所』中田甫(訳)、集英社、1990年。

『明るい夜暗い昼 続』中田甫(訳)、集英社、1990年。

『明るい夜暗い昼 続々』中田甫(訳)、集英社、1990年。

3. リディア・ギンズブルグの回想 『包囲下の手記』(1942~62年)

 リディア・ギンズブルグは、ソ連の文学者および回想録の作者としてロシアでは知られている。彼女は、20世紀初めのロシア・アヴァンギャルドの偉大な作家、芸術家を直接知っていた。彼女はまた、いわゆる「銀の時代」、つまりサンクトペテルブルクの詩壇の隆盛を目の当たりにするとともに…1941~43年の、第二次世界大戦中のレニングラード包囲戦に際し、その全期間をこの都市で過ごした。 

 ギンズブルグは、食料、暖房、水を奪われた人々の闘いを描いている。彼らは病に苦しみ、日々生きるために悪戦苦闘した。闘いは、苛烈な冬の寒さもあっていよいよ困難となった。

 著者は包囲下のレニングラード市民の姿を克明に記した。彼らは、できるかぎり働きつつ、自分自身と家族を救おうとしていた。ギンズブルグは、包囲中に母親を飢餓で失っている。彼女の『包囲下の手記』は、ようやく1980 年代後半のペレストロイカ期にのみ脚光を浴び、82 歳の作家に名声をもたらした。

4. リュドミラ・ウリツカヤの小説『通訳ダニエル・シュタイン』(2006年)

 この本は、ロシア文学の枠を超えて、素晴らしい物語を展開している。それは、ロシアの境界を超えて、いかなる国と宗教にも合致する普遍的なものだ。現代ロシアの大作家の一人と目されるウリツカヤは、ユダヤ系ポーランド人、ダニエル・シュタインの驚嘆すべき人生について語る。彼は、他のユダヤ人がゲットーから抜け出すのを手助けし、自分も脱出する。

 戦後、ダニエル・シュタインはイスラエルに居を定め、ユダヤ人であるにもかかわらずカトリック教会の司祭となって、彼のような社会の異分子とマイノリティーを亡命させ、援助の手を差し伸べる。彼の知恵は豊かで影響力は極めて大きく、教皇と文通することもある。

 この小説の主人公は、実在の人物オズワルド・ルフェイセンがモデルで、作者は彼と実際に会ってインタビューし、賞賛している。

 小説は、手紙、日記、新聞の「切り抜き」などで見事に構成されている。

*リュドミラ・ウリツカヤの他の名作もお見逃しなく

*日本語訳:前田和泉訳、新潮クレスト・ブックス、2009年。

5. エレーナ・チジョワ『女たちの時代』(2009)

 この傑作は、女性は何でもできるし、実際に男性がいなくてもこの世界で生きていくことはできると信じさせてくれる…。

 ストーリーは、もっぱら女性に焦点を当てており、激動の 20 世紀を通じて 3 世代と 5通りのまったく異なる運命を描き出していく。

 1960年代、レニングラード(現サンクトペテルブルク)の共同アパート(コムナルカ)に引っ越してきた地方の女性、アントニーナが主人公だ。図らずも妊娠・出産するが、娘の育児にあてる時間の余裕がない(しかも彼女は、未婚で出産したシングルマザーへの社会の白眼視を恐れている)。

 そこで、彼女の3人の隣人、つまり共同アパートに住む年配の女性が女児の世話をする。時は過ぎ、既に成長した彼女を通して、レニングラード包囲戦を生き延びたこれらの女性の複雑な運命を、我々読者は知ることができる。

6. マリアム・ペトロシャン『ある家の出来事』(2009年)

 障害児のための一種の「ソビエト版ホグワーツ」を想像してみよう。これは、100年以上前に創設された、秘密と謎に満ちた学校。少年少女たちは、車椅子や義肢を用いており、この家のリーダー格は盲目だ。

 読者は、部外者である「スモーカー」の目を通して、この家に初めて接する。彼は、おとなしい「雉(きじ)寮」から無秩序な「第4寮」へと移動していく。彼は家を調査し、その歴史の暗く血腥い頁を発見する。この家には、神秘的な裏面やさらにはパラレルワールドに類するものさえあった。

 700頁の大作であるにもかかわらず、これはあなたがかつて読んだ最もエキサイティングな作品の1つになるかもしれない。この本が 2009 年に初めて出版されたとき、ロシアの文学界でセンセーションを巻き起こした。世界の批評家も賞賛し、J.K.ローリング、ドナ・タートなどを彷彿させると述べた者もあった。

7. マリーナ・ステプノワ『ラーザリの女』(2011年)

 数学の天才であるユダヤ人、ラーザリ・リンドは、1917 年のロシア革命、内戦、スターリンの大粛清、さらには第二次世界大戦の惨禍をも免れ、不思議なことに無事を保った。作者は、彼が愛した人々、つまり女性たちのプリズムを通して彼の物語を語る。まず、ラーザリを自分の子供のように扱った、上司の妻。それから彼の妻ガリーナ、そして最後に、彼が生前会うことがなかった孫娘の目を通じて…。

 この型破りな家族の物語は、20 世紀全体をカバーし、庶民の生活が国家の政治的激変にいかに影響され、新たな生活条件への「適応」を強いられたかを見事に示している。

 ステプノワは文学を専攻したが、医師の家族で育ち、15 歳のときに癌患者の看護師として働いたことがある。そのためもあるのか、彼女は、医師兼作家のアントン・チェーホフやミハイル・ブルガーコフと同様に、人間の魂をつまびらかに「外科的に」解剖することができる。

8. ヤナ・ワグネル『湖へ』(2011年)

 あなたは、ロシア作家たちのように、ポスト黙示録的な小説がお好きだろうか?ひとつ想像してみよう。モスクワは、未知の致命的なウイルスに襲われ、人々は急速に感染していく。感染すると血を吐き、白目を剥き出し、正気を失い、瞬く間に死ぬ。ある家族とその友人のグループが街から脱出しようとしているが、これは容易ではない。軍隊が周囲を取り囲み、誰も抜け出させない。主人公たちの目的は、人里離れた湖へ行くこと。廃屋に身を隠し、パンデミックを乗り切るためだ。

 ヤナ・ヴァグネルの作品に基づく連ドラ『湖へ/To the Lake』が、コロナウイルスの流行中の 2020 年に Netflix で初公開されたときに話題をさらったことは驚くに当たらない!

 この作品はそもそも、インターネット上の個人のブログが発端だ。ヤナは、終末論的な物語に常に関心があり、2008 年に、黙示録的なウイルスの蔓延を生き延びた架空の生存者を設定し、その語りを一人称で始めた。彼女の投稿は口コミで広まり、何百ものコメントと反応が集まった。そこである日、本職を失ったとき、彼女は執筆に専念することにした次第だ。

*ヤナ・ワグネルとその作品について詳しくはこちらで here

9. グゼリ・ヤーヒナ『ズレイハは目を開ける』(2015年)

 タタール人の小さな村で、イスラム教徒の女性が、夫と姑の双方から虐げられ抑圧されつつ、1930 年代の悪夢の中で暮らしている。しかしその後、ソ連当局が夫を殺害し、彼女を強制収容所送りにすると、彼女の人生は劇的に変化する。収容所への途次、彼女の乗った囚人船は、シベリアのアンガラ川の真ん中で沈み、生き残った受刑者は森に住むことになる。

 彼らは何とか半地下小屋を建て、シベリアの過酷な冬を越した。ズレイカは、夫の息子を出産する。奇妙なことに、獄中で彼女は初めて自分を一人の人間と感じ、新しい才能に気づき、家にいたときよりも自由に感じたのだった。

 グゼリ・ヤーヒナのこのデビュー作は、ロシアでベストセラーとなり、多くの文学賞を受賞した。数十の言語に翻訳され、2020 年にはこの本に基づく連ドラがロシアのテレビで放映されている。

10. マリア・ステパノワ『記憶の記憶』(2017年)

 マリア・ステパノワの『記憶の記憶』は小説でも日記でもない。それはエッセイ集であり、散文詩として書かれた哲学的ノンフィクションだ。

 ステパノワは、独り身の叔母ガーリャの死をきっかけに筆を起こす。著者は、叔母のアパートを訪れ、彼女の身の回りの品々を眺め、往時を懐かしむ。この宝石は、家族の集まりに身につけるものだった。その古いブローチは祖母のもので、40年間用いられなかった…。

 彼女の叔母のさまざまな書き物、文書を調べることが、著者が家族の物語を書き記すきっかけとなる。この本は、著者の家族の歴史の概観であり、過去を振り返り、子供の頃の思い出のエコーを捉え、ひいては、記憶というものの本質を探る試みだ。

 その結果、この著作は、ソ連の末期を見事に再現し、ベストセラーとなった。『記憶の記憶』は、ロシアの本としては稀有なことに、2021 年のブッカー国際賞の最終選考に残っている。

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